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松山地方裁判所宇和島支部 昭和48年(ワ)51号 判決

原告

輔田和宰

ほか一名

被告

有限会社北京飯店

主文

1  被告は原告輔田和宰に対し三八七万七、一六一円及びこれに対する昭和四六年一〇月一四日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告輔田和宰のその余の請求を棄却する。

3  原告渡辺知彦の請求を棄却する。

4  訴訟費用中、原告輔田和宰と被告との間に生じたものはこれを五分しその一の同原告のその余を被告の負担とし、原告渡辺知彦と被告との間に生じたものは同原告の負担とする。

5  この判決の第1項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立てた裁判

一  原告ら

1  被告は原告輔田和宰に対し四、四四万五、三六一円及び内金八〇万〇、〇〇〇円については昭和四七年五月八日より、内金三二四万一、二三八円については昭和四八年八月一九日よりそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告渡辺知彦に対し七七万〇、〇〇〇円及び内金七〇万〇、〇〇〇円については昭和四七年五月八日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに1、2項につき仮執行の宣言。

(申立の予備的結合)

1  被告は原告輔田和宰に対し、四八六万四、二八六円及びこれに対する昭和四六年一〇月一四日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告渡辺知彦に対し、四万七、八〇〇円及びこれに対する昭和四六年一〇月一四日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに1、2項につき仮執行の宣言。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の事実上及び法律上の主張

(請求原因)

一  事故の発生

原告輔田、同渡辺は次の交通事故によつて傷害をうけた。

1 発生時 昭和四六年一〇月一四日午前三時ごろ

2 場所 宇和島市高串三番耕地五〇の一番地先国道

3 事故区分 側面衝突

4 加害車両 登録番号六愛媛ま七七八〇

車種 軽四輪貨物自動車

運転者 訴外大西明

5 被害車両 登録番号愛媛五は九九九六

車種 普通乗用車

運転者 渡辺知彦

6 被害者 原告両名

7 傷害の部位、程度

原告輔田 頸椎捻挫傷、腰椎々間板損傷、左携尺骨々折、右肋骨き裂骨折、右肋間神経痛

原告渡辺 左膝蓋骨開放骨折、左膝関節内側副靱帯断裂、胸部打撲等

8 治療日数

原告輔田入院

加藤整形外科病院、昭和四六年一〇月一四日より同四七年一月三日迄八二日間

愛媛県立南宇和病院、昭和四七年一月三日より同年六月一〇日迄一五九日間

加藤整形外科病院、昭和四七年六月一六日より同月二六日迄一一日間

以上合計二五二日

原告輔田通院

愛媛県立南宇和病院に昭和四七年六月二七日より同年一〇月三一日迄約四ケ月間のうち実治療日数は二一日間加藤整形外科病院に昭和四七年五月一七日より現在まで間けつ的に通院のうち実治療日数は七日間

原告渡辺入院

加藤整形外科病院昭和四六年一〇月一四日より同年一二月二七日迄七五日間

同人通院

愛媛県立南宇和病院昭和四七年二月七日より同年六月八日迄実日数六七日間

9 後遺症の程度等

原告輔田

(一) 腰部負荷屈伸に際し腰痛、更に背部痛、頸項部硬直感、左手指にしびれ感。ために労務が相当程度制限され、通常の労働能力は残存するが、長時間の立仕事又は長時間の坐り作業(椅子なしの)ができない。

(二) 左肩関節前挙一一〇度(一七〇~一八〇度)後挙四五度(六〇度)外転九五度(一三〇度)内転六〇度(七〇~八〇度)。註( )内生理的運動領域を示す。

(三) 右胸部に運動痛、特にピリピリ感著明。

二  責任

被告は次の理由により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。被告は本件加害車両を所有しているものであるから自賠法三条による責任。また後記示談が成立した部分については示談契約にもとづく責任。そこで運行供用者責任について付言すると、

(一) 運行供用者性の有無の判断は、必ずしも当該運行に対する直接、具体的な支配の存在を要件とするものでなく、社会通念上、当該車両の運行に対し支配を及ぼすことのできる地位にあつたか否か、即ち運行を支配し制禦すべき責務があると評価されるか否かに求められるのが相当である。(大阪地判昭和四六年一二月二二日判決)

(二) ところで本件についてみるに前示大西明は、被告の従業員であり、同じく被告の従業員として加害車両を専ら管理していた訴外二宮英彦よりキイを受取り、自動車の置場所まで案内されている。被告は本件加害車両が盗用されて事故が生じた旨主張するがこれは右大西の証言より到底首肯しえないところである。本件加害車両は、つまるところ、右二宮を通じて被告が管理していたのである。

(三) もし仮りに被告主張の如く、右大西が無理矢理キイをもぎとり、そのうえ浅川由嘉司の「酔つているから車を運転するな」という注意が右大西、二宮両名に対してなされたとしても(大西が「運転すること」を浅川がきいたというのは、大西が浅川の前で車を運転したい旨発言するわけがないし到底首肯しえない。「酔つているから車を運転するな」とは二宮に対していつた言葉であろう)、右大西は被告の従業員で、被告の自動車を運転し、運転後被告に返還することが予定されていたものであるから、単純に盗難車による事故と同日に談じえない。被告が運行に対し支配を及ぼす立場にあつたことは明らかである。

(四) 更に、もし二宮が大西よりキイを強奪され車を奪われたのなら、同人は大西が飲酒運転をしていたことを承知していたものであるから事故を未然に防ぐべく直ちに警察に通報すべきであるにかかわらずこれをしていない。同人にも車の管理上過失があつたといわねばならない。これはとりもなおさず被告の運行を支配し制禦すべき責務懈怠以外の何ものでもない。

(五) かように被告は右大西、二宮らとの雇傭関係及び加害車両の所有者として一般的に同車に対する支配を有する者とみとめられ、かかる者はその従業員の加害車両に対する管理上の過失によつて、同車が運行に供された以上、運行支配があり、その制禦の責務を完全に尽くさなかつたものとして運行供用者責任を免れえない。

三  損害

原告らは本件事故によつて被告に対し治療費、慰藉料、休業補償、付添費、通院費、その他諸雑費等の請求権を有していたが、うち事故当時の精神的肉体的苦痛に対する慰藉料、休業補償、付添費、通院費、諸雑費及び炎上した被害車両の換価相当額の賠償として金二五〇万〇、〇〇〇円を支払う旨の示談が、昭和四七年三月一四日、原告渡辺方で原告渡辺(右渡辺は原告輔田和宰より示談契約を結ぶにつき代理権を与えられていた)、被告代表者浅川由嘉司、前示大西明との間でととのい、その後同年五月七日訴外亡山崎治立会のもとに原告渡辺(原告輔田より代理権を与えられてもいた)、右大西明、同大西スヱ子との間で契約書(甲第五号証)が作成され、同日原告らは内金一〇〇万〇、〇〇〇円の支払いを右大西スヱ子よりうけた。一方治療費については右示談内容より除かれ、自賠責保険より給付をえてこれにあてることとし、昭和四七年五月一三日、原告らが治療をうけていた加藤整形外科病院を通じて給付をうけ、その不足分を被告が支払うというのが前記示談の際約束されていた。そして保険給付額は各自五〇万〇、〇〇〇円であつた。

そこで本件では示談金残額金一五〇万〇、〇〇〇円(うち輔田分八〇万〇、〇〇〇円、渡辺分七〇万〇、〇〇〇円)、自賠責保険給付金でまかなえなかつた原告輔田の治療費残額、経費、同人の後遺症にもとづく慰藉料及び逸失利益並びに被告が請求に応じないのでやむなく訴訟委任をしたことによる弁護士費用を求めるものである。

(一) 原告輔田の請求額の内訳

(1) 示談金残額金八〇万〇、〇〇〇円

(2) 後遺症にもとづく慰藉料金一三一万〇、〇〇〇円

後遺症状は、前記後遺症の程度等の個所に記載したとおりにほぼ固定している。ために生来の職業としての農業に従事しえず、天職を失い、又唯一の趣味であつた剣道も竹刀がにぎれなくなり、その楽しみを奪われた。更にその肉体的苦痛は将来も存命中続くものと思われるし、右胸部疹痛を除去するために再手術をうけねばならない。かような原告輔田の精神的、肉体的苦痛をいやすには慰藉料として最低一三一万〇、〇〇〇円を必要とする。

(3) 逸失利益金一三六万八、二一二円

(イ) 年収三五万六、〇〇〇円

(ロ) 労働能力喪失率百分の三五(後遺症の程度(一)は自賠法施行令別表第九級一四号に該当し、右の労働能力喪失率は昭和三二年七月二日基発第五五一号労働省労働基準局通達により百分の三五と認められる)。

(ハ) 稼働年数一五年(満六三才迄稼働可能とすると輔田は現在満四八才であるから一五年間稼働しうる)。

(ニ) 中間利息控除複式ホフマン係数一〇・九八〇八三五二四

右(イ)×(ロ)×(ニ)によるとその結果一三六万八、二一二円が算出される。

(4) 治療費及び経費金五六万三、〇二六円

(イ) 加藤整形外科病院関係治療費一二万〇、〇八六円

(ロ) 同右関係経費一、〇〇〇円

(ハ) 愛媛県立南宇和病院関係治療費四三万二、四四〇円

(ニ) 高松義肢製作所関係九、五〇〇円

右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)合計五六万三、〇二六円

以上(1)(2)(3)(4)合計金四〇四万一、二三八円

(5) 弁護士費用金四〇万四、一二三円

着手金報酬各五分計一割の割合。

(6) 及び内金八〇万〇、〇〇〇円に対する昭和四七年五月八日より、内金三二四万一、二三八円に対する昭和四八年八月一九日より各支払ずみまで民法所定年五分の割合により遅延損害金。

(二) 原告渡辺の請求額の内訳

(1) 示談金残額七〇万〇、〇〇〇円

(2) 弁護士費用七万〇、〇〇〇円

着手金報酬各五分計一割の割合

(3) 及び内金七〇万〇、〇〇〇円に対する昭和四七年五月八日支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金。

(申立の予備的結合部分の請求原因)

一  原告らは、被告との間に、昭和四七年三月一四日、事故当時の慰藉料、休業補償、付添費、通院費、入院諸雑費等の損害賠償につき、二五〇万〇、〇〇〇円で示談が成立したとし、それらについて本訴中右示談契約にもとづいて請求しているが、被告は右示談の成立を争うので仮りにこれが認められない場合のために予備的に左記の申立をする。

(一) 原告輔田につき

1 慰藉料 一三一万四、〇〇〇円

重傷入院二五二日であるから一日五、〇〇〇円として

3,000×252=1,260,000.-

実通院日数三六日であるから一日一、五〇〇円として

1,500×36=54,000.-

以上計一三一万四、〇〇〇円

2 入院諸雑費 七万五、六〇〇円

一日三〇〇円として

300×252=75,600.-

3 休業補償 二四万五、七八六円

年間収入が昭和四六年当時三五万六、〇〇〇円であつたが、本件事故のため昭和四六年一〇月一四日より同四七年六月二六日迄二五二日間入院したので入院期間中の逸失利益のみを計上しても二四万五、七八六円となる。

以上合計一六三万五、三八六円

(二) 原告渡辺につき

1 慰藉料 四七万五、五〇〇円

入院七五日重傷につき一日五、〇〇〇円として

5,000×75=375,000.-

実通院日数六七日一日一、五〇〇円として

1,500×67=100,500.-

以上計四七万五、五〇〇円

2 入院諸雑費 二万二、五〇〇円

一日三〇〇円として

300×75=22,500.-

以上合計四九万八、〇〇〇円

以上(一)(二)合計二一三万三、三八六円

尚、右損害額算出にあたつては、他に各付添費及び原告渡辺の物損(約六〇万円)及び休業補償も加味すべきところ直ちに提出しうべき資料がなく訴訟遅延をきたすのですでに提出された証拠より明らかになるもののみを請求した。

(三) 従つて

A 原告輔田の請求額の内訳は、

(1) 示談金銭額八〇万円にかわり一六三万五、三八六円

(2) 後遺症にもとづく慰藉料一三一万〇、〇〇〇円

(3) 逸失利益一三六万八、二一二円

(4) 治療費及び経費五六万三、〇二六円

以上合計金四八七万六、六二四円((2)ないし(4)は請求原因で摘示した通り)

(5) 弁護士費用四八万七、六六二円

着手金、報酬各五分計一割の割合

(1)~(5)計五三六万四、二八六円

B 原告渡辺の請求額の内訳は、

(1) 示談金残額七〇万〇、〇〇〇円にかわり四九万八、〇〇〇円

(2) 弁護士費用四万九、八〇〇円

着手金報酬各五分計一割の割合

(1)(2)計五四万七、八〇〇円

以上A、B合計五九一万二、〇八六円よりすでに受領した一〇〇万〇、〇〇〇円を差引き、四九一万二、〇八六円が両者合わせての損害額となるが右一〇〇万〇、〇〇〇円は両者が平等にわけたので結局

原告輔田の請求額は、四八六万四、二八六円

同渡辺の請求額は、 四万七、八〇〇円となる。

二  よつて、

(一) 原告輔田は、被告に対し、金四八六万四、二八六円及びこれに対する昭和四六年一〇月一四日より支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、

(二) 原告渡辺は、被告に対し、金四万七、八〇〇円及びこれに対する昭和四六年一〇月一四日より支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の認否及び被告の主張)

一  請求原因に対する認否

(一) 事故の発生の項のうち1ないし6迄(つまり原告主張の日時に主張の場所で、主張の如き交通事故が発生したこと)を認め、その余の点は不知

(二) 責任のうち、訴外大西明運転の自動車が、被告所有のものであつたことを認め、その余を否認する。

本件事故は後記「事実上及び法律上の主張」の項記載のとおり右大西が、被告代表者の運転禁止の通告を無視し更に右自動車の管理者訴外二宮英彦の制止も聴かず、キイをもぎ取つて無断運転中に発生した事故であるから被告に責任はない。

(三) 損害の項の冒頭の記載事実は、そのうち本件交通事故における原告らの慰藉料、休業補償、付添費、通院費、諸雑費の損害賠償について、原告らと被告、訴外大西明、同大西スヱ子との間に昭和四七年五月七日に金二五〇万円を支払う旨の示談が成立したとの主張事実を否認し右大西スヱ子が右損害賠償として金一〇〇万円を原告に支払つたことを認め、その余は不知。

右日時(昭和四七年五月七日)頃右損害賠償の件について原告らと被告、右大西明、同大西スヱ子らとの間に示談交渉のあつた事実はあるが、被告は損害賠償の当事者としてではなく右大西らの代弁者として交渉に当つたもので、被告が原告らに対し損害賠償義務を認めたことはなく、結局最後には、被告を除外して原告らと右大西明及び同大西スヱ子との間に話し合いを成立させたもので、被告と原告との間に原告ら主張の如き示談の成立した事実はない。

同項(一)及び(二)(原告らの請求額の内訳)はいずれも不知。

二  事実上及び法律上の主張

(一) 被告は食堂経営を目的とする会社で常時平均一二、三名の従業員を雇傭し、主として中華料理を取扱う食堂を経営しているものである。

(二) 前示大西明は本件事故より約二年前に、約一年三ケ月位被告のコツクとして勤務した後退職し他の食堂に就職していた者であるが、本件事故の前日(昭和四六年一〇月一三日)再び被告にコツクとして就職することとなり、同日夜入社祝をするとて他の従業員数名の者らと共に食堂の執務室においてビールを呑みその後前示二宮と共に近所のスナツクにおいて飲酒しているのを被告代表者が見付けたので、被告代表者は右大西及び二宮の両名に対し、飲酒しているので絶対に自動車を運転して帰つてはならないことを警告し更に二宮に対しては同人の住所が北宇和郡吉田町玉律であるので会社に泊ることを指示したところ右両名共に自動車には乗らないと確言したので被告代表者もその言を信じ帰宅したものである。

(三) 然るにその後判明したところによると、右大西は本件自動車のキイを保管していた右二宮の制止を聴かず同人からキイをもぎ取り本件自動車を運転して宇和島市高串の国道をドライブ中、本件事故を惹起したものである。

(四) 本件自動車は被告が、飲食物の運搬(出前)に使用するために購入し、平素は従業員である右二宮がこれを出前のために運転していたもので、同人は吉田町大字玉津の自宅から被告に通勤するため及び出社後出前に従事するため専ら同人がこれを使用していたものであり、キイの管理も同人に託していたものである。

(五) 右大西は前示のとおり、その仕事は被告のコツク専業であつて職務上自動車を運転することは全く無かつた。

(六) 以上のとおり本件事故は右大西が被告の自動車を盗用して運転中に事故を惹起したものであるから、その結果について被告には責任がない。

三  (申立の予備的結合部分の請求原因に対する被告の認否)いずれも否認もしくは争う。

(被告の主張に対する原告らの認否及び仮定的主張)

一  被告の「事実上及び法律上の主張」の項のうち(一)の事実は認め、(四)、(五)の事実は不知、(二)、(三)の事実は否認する。

二  仮りに被告主張の如く示談が成立していなかつたとしても、被告代表者浅川由嘉司は原告渡辺らと示談交渉するに際し、被告に責任がないとか責任を負うべき者は大西明一人であるとか等、自己が単なる交渉者にすぎないとの立場を明確にせず、あたかも被告も右大西ともども責任を負うかの如く、専ら右浅川が加害者側の交渉役を引受け、二五〇万〇、〇〇〇円を支払う旨のべている。原告らは被告もその責を負うものとばかり信じていたものでそう信じるに過失はない。かかる被告の所為は心裡留保として成立し有効である。

(原告らの仮定的主張に対する被告の主張)

弁論の全趣旨により争つているものと認められる。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告主張の日時及び場所で、原告主張のような交通事故が発生したこと(請求原因一の1ないし6)については当事者間に争いがない。

二  後記各証拠によればつぎの事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

1  傷害の部位、程度

原告輔田。同渡辺。請求原因一の7記載のとおり。〔証拠略〕

2  治療日数

原告輔田、同渡辺の入院通院等につき請求原因一の8記載のとおり〔証拠略〕

3  後遺症の程度等(原告輔田について)

請求原因一の9記載の事実がほぼ認められる。〔証拠略〕

三  (被告の運行供用者責任について)

自賠法第三条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供する者」の責任、すなわち運行供用者責任の有無を認定する基準一般については、見解がわかれているところであるが、当該車両の運行に対する支配の有無を運行供用者責任の有無を判断するための一の重要な基準にすべきものと解する。そして右にいう運行支配とは当該車両の使用運行につき指揮、指示、監督、制禦(制止を含む)をなしうる地位であり、具体的には運転者と雇傭会社との関係、日常の車の運転及び管理状況、運転者の運行目的、運転の地理的範囲、運転の時間、返還予定の有無などを総合して判断すべきものである。

これを本件についてみるに、被告が中華料理店を営む会社で本件自動車を所有していることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、被告は被告の従業員である右二宮に右自動車を日常使用させキイを保管させていたこと、右大西は本件事故の前日(昭和四六年一〇月一三日)被告にコツクとして雇われることになり、同日夜同人の入社祝をするということで他の従業員数名の者と共に同店食堂の執務室においてビールと酒をのんだこと、その後右二宮と共に近所のスナツクで飲酒していたところ、被告代表者浅川由嘉司がこれを見つけ、右二名の前で、二宮に対して同人の住所が北宇和郡吉田町玉津であるので、当夜時間も遅く、飲酒しているから車を運転せず店に泊るように指示したところ、右大西においても店に泊る旨いつたので右浅川が帰宅したことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない(なお、原告らは右浅川が「酒を飲んでいるから車を運転しないように」いつたのは二宮に対していつたもので大西にはいつていない旨主張するけれども、いずれにしても右両名の前でいつていることは明らかであるから、両名に対して注意したと同様に評価すべきことである)。

〔証拠略〕によれば、スナツクから店に帰ろうとしたときに、右大西が二宮に対し「車を貸せ」といい、同人が「もう寝よう」というにもかかわらず執ように「車のキイはどこにあるのか」等何度も尋ねるので「ここに持つている」といつて手に出して見せたところ、大西がこれを取つて車を運転することになり、本件事故を起こしたことが認められ、〔証拠略〕中には二宮が貸してくれた旨の証言部分があるけれども、右証言部分は右認定とかならずしも矛盾するものではなく、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。右のような事実関係について被告はこれを大西が二宮からキイをもぎ取つたものであると主張し、原告らは大西が二宮の承諾を得て同人から受取つたと主張するのであるが、その後二宮において別段制止行為をしていないこと、同人が相当酔つていたこと(前示二宮の証言)を考慮すれば、二宮としてはキイを貸すように執ようにいわれるので、めんどうになつていやいやながら渡したと認めるのが相当であり、少なくとも被告が主張するように車を奪われたとみることはできず、したがつてまた二宮にも車を管理するうえでの過失があつたといわなければならない。

そこで前示のような、大西は被告の従業員であること、被告所有の車による事故であること、被告に車の管理を専らまかされていた右二宮に前示のような管理上の過失があること(被告の運行管理上の過失、すなわち運行制止義務を十全につくさなかつたと評価されてもやむを得ない)、運転後被告に返還することが当然予定されていたこと(前示大西の証言)等からみて、たとえ被告代表者浅川において「酔つているから車を運転するな」と注意したとしても、本件において被告は運行供用者責任を免れることができず、本件事故により原告らがこうむつた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

四  損害

(一)  (示談契約の成否)

原告らは、本件事故にもとづく損害の一部について被告との間に原告ら主張のような示談契約が成立した旨主張するので検討すると、〔証拠略〕によれば、右損害賠償の件について原告らと被告、前示大西明及び同人の母大西スヱ子らとの間に示談交渉がもたれ、原告らの側では原告輔田から委任をうけていた原告渡辺が、被告らの側では被告代表者である前示浅川が主として具体的な接渉に当たり、また発言していること、原告らの当初の請求額が三八〇万〇、〇〇〇円であつたが、昭和四七年三月一四日二五〇万〇、〇〇〇円とするという話になつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして前示各証拠及び右認定したところによれば、右の段階において被告は右示談契約の当事者として交渉していたもので、大西らの単なる代弁者ではなかつたものと認めるのが相当である(右認定に反する被告代表者本人尋問の結果部分は措信できない)けれども、同日最終的に二五〇万〇、〇〇〇円ということで示談が成立したか否かについてはにわかに断定することができず、〔証拠略〕によれば、被告としては、本件示談について大西が給料の中から毎月三万〇、〇〇〇円宛被告に支払うことを約し、右大西の母が担保としてその所有の不動産を被告に提供するならば、原告らに右二五〇万〇、〇〇〇円を支払う意思を持つていたことが認められるのであるから、右のような重要な点についていまだ確約のとれていなかつた(上記各証拠)当時において、原告ら主張のように被告との間で最終的に示談が成立したものとは認めにくく、原告らにとつては、ややかけ引きに乗せられたとの感じがないではないが、「重役に相談する」旨の被告代表者の発言(上記証拠)は、右示談について契約書が作成されていない、(甲第五号証には被告が入つていない)こと(弁論の全趣旨により明らか)と相まつて、いまだ最終的に示談が成立していなかつたことを示すものと解釈することができる。

そうとすれば、原告らの右示談契約の成立を前提とする請求部分は認容することができない。

また、原告らは示談の点について被告の所為は心裡留保であり、原告らがこれを知らなかつたから有効である旨主張するが、心裡留保の主張は、外部的には示談契約が最終的に成立していることが前提となり、右表示された効果意思と内心の効果意思(真意)とがくいちがつているということが要件となるべきところ、本件においては前示のようにいまだ示談契約が最終的に成立したと認め難いのであるから、原告らの主張はその前提を欠き理由がないことになる(なお、示談交渉について被告が「当事者」の一人として行動したことについては前示のとおりである)。

(二)  そこで原告らの申立の予備的結合を含め原告らの本件交通事故によつてこうむつた損害について判断すると、後記の各証拠によつて左記のような損害が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

A  原告輔田につき 四〇五万七、一六一円

内訳

1 慰藉料 一〇〇万〇、〇〇〇円

原告輔田は本件事故により前示のような傷害をうけ、前示のように入院二五二日、通院実日数二八日の治療を要したことについての慰藉料。

2 入院諸雑費 七万五、六〇〇円

少なくとも一日三〇〇円を要するものと認めるのが相当であつて、前示入院期間二五二日分。

3 入院期間中の休業補償 二四万五、七八六円(円未満切捨以下同じ)

昭和四六年当時原告輔田の年間収入が少なくとも三五万六、〇〇〇円あつたことが認められるので前示入院期間(二五二日)中のみの逸失利益。(〔証拠略〕)

4 後遺症にもとづく慰藉料 一〇〇万〇、〇〇〇円

前示後遺症の症状及びその他諸般の事情を考慮すれば後遺症の慰藉料として一〇〇万〇、〇〇〇円を認めるのが相当である。

5 将来の逸失利益 一一七万二、七四九円

(イ) 年収 三五万六、〇〇〇円(前示のとおり)

(ロ) 労働能力喪失率三〇パーセント(前示後遺症の症状等からこのように認定する)

(ハ) 稼働可能年数 一五年間

原告輔田は大正一四年七月二六日生であるところ(同原告本人尋問の結果)、同原告の農業という職種を考えると向後一五年間は就労可能と認める。

以上の事実を前提にして年五分の中間利息を年毎のホフマン式計算方法により差引くと逸失利益の現価は((イ)×(ロ)×10.9808)一一七万二、七四九円となる。

6 治療費及び経費

(イ) 加藤整形外科病院関係治療費 一二万〇、〇八六円(〔証拠略〕)

(ロ) 同右関係経費 一、〇〇〇円(〔証拠略〕)

(ハ) 南宇和病院関係治療費 四三万二、四四〇円(〔証拠略〕)

(ニ) 腰椎用コルセツト費用 九、五〇〇円(〔証拠略〕)

以上合計五六万三、〇二六円となる。

B  原告渡辺につき 合計四七万二、五〇〇円

内訳

1 慰藉料 四五万〇、〇〇〇円

原告渡辺は本件事故により前示のような傷害をうけ、前示のように入院七五日、通院実日数六七日の治療を要したことについての慰藉料。

2 入院諸雑費 二万二、五〇〇円

少なくとも一日三〇〇円を要するものと認めるのが相当であつて、前示入院期間七五日分。

(三)  損害填補

原告らが前示大西スヱ子から本件損害賠償の一部として一〇〇万〇、〇〇〇円の支払を受けていることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば右一〇〇万〇、〇〇〇円は原告両名において折半したことが認められるので、前示認定の各損害額にそれぞれ五〇万〇、〇〇〇円を充当して控除すれば、原告輔田の額は三五五万七、一六一円になり、原告渡辺については残損害額は〇円となる。

(四)  (弁護士費用)

〔証拠略〕によれば、原告輔田は本件損害賠償の任意支払を受けることができず、本件訴訟の提起追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その着手金及び報酬として原告輔田主張の金員の支払を約したことを認めることができるが、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らし、右金員のうち同原告が被告に対し事故にもとづく損害として賠償を求めることができる額は三二万〇、〇〇〇円と認めるのが相当であるが、原告渡辺については前示の通り損害填補の結果残損害はないことに帰したのであるから、特段の事情なき限り訴提起のための弁護士費用は事故と相当因果関係ある損害ということはできないものと解するから、同原告の主張する弁護士費用は被告に負担せしむべき損害として認容することはできない。

五  よつて原告輔田は被告に対し三八七万七、一六一円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和四六年一〇月一四日より支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。そこで原告輔田の本件請求は右限度において認容し、その余は理由がないので棄却し、また原告渡辺の本件請求は理由がないことになるからこれを棄却する。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河上元康)

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